1999/02/02(火)
要確認
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ボストン最終月-
傘がない
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いてある
だけども問題は今日の雨
傘がない
陽水のこの歌は「日常が社会を撃つ」名曲だと思う。毎日様々なニュースがあふれているが、問題はそんなところになくて、まさに「傘がない」ことにあると言い切ったのである。拓郎も岡林や高石ともやといった一世代前のフォークとは違い、「個人(自己)」の生き方を「旅」とか「風」で喩えながら社会を描いてきたが、陽水は拓郎とはまた別の次元に居る。中島みゆきは拓郎に近いが、ユーミンは陽水に近い位置に居るように思う。いずれにしても、いわゆる初期の「メッセージソング」とは時代を画するものである。
なんてことは、さておいて、今日は朝から雨だったのだ。でもアメリカ人は相変わらず「傘がない」。彼らは元々傘を持たないから、きっと陽水のようなフレーズは思い浮かばないだろうなと思った次第。
【今日の一日】
1日、燕京で過ごす。
午前中は、昨日の續きで、Medhurstのマイクロの紙焼き。完了後、製本に持っていく。最近ご無沙汰していたコピー屋さんだが、「いやあ、お久しぶり。元気だった?」と愛想が良い。お昼は燕京レストランで。
午後も燕京に戻り、艾儒略の「五十言餘」の中にある「イソップ」を読んだりする。今月中には共同研究の原稿を仕上げないといけない。時間が余りない。明日からまた新しい学期が始まるようだが、今日も図書館の人