「稚き手白き手選びてビラ渡すその手がつかむものを信じて」

きのう/きょう/あした


2005/04/24(日)

「稚き手白き手選びてビラ渡すその手がつかむものを信じて」

昔を懐かしんでいるのではない。昔を今に押しつけようとしているのでもない。
ただ、あの時代を曲がりなりにも生きてしまった人間として、あの時代を生きれたことが今も自分の最大の財産であるし、そのことを今も喜びに感じるのだ。あの時代を生きてよかったと。

明日あると信じてきたる屋上に旗となるまで立ちつくすべし(「無援の抒情」)

もちろん、この歌の詠み手ほどには闘えなかったとはいえ、それでも、この歌の言わんとするところは、痛いほどよく分かる。

炎あげ地に舞い落ちる赤旗にわが青春の落日を見る(同上)

確かに、それは一つの時代の「落日」だったのかも知れないが、それでも、「陽はまた昇る」ことを信じていた。そして、

生きていれば意志は後から従きくると思いぬ冬の橋渡りつつ(同上)

とそれからの時代を生きのびてきたのである。

これら歌の作者である道浦母都子の全歌集刊行を祝う会が一昨日、東京で開かれた。場違いにも発起人に名を連ねているのでちょっと気後れしながらも出席した。でも、出てよかった。この種のパーティーではおそらく希有の300人ほどの人が集まったが、この人たちと時を共有できたことが幸せだった。

「こころよく我に働く仕事あれ、それを仕遂げて死なんとぞ思ふ」と詠んだのは啄木だったが、道浦さんの処女作「無援の叙情」は彼女の遺作となるはずだったものかも知れない。「決して間違っていなかった」と自分自身に言い聞かせる一方で、これから先、「生きていっていいのか」と自分に問いかけながら、確かめるためにこの歌集は生まれたのだと思う。それほどに、この歌集には魂がこめられている。すさまじき命の叫び。きっと、あの時代に、散っていった岸上大作、樺美智子、高野悦子・・・みなそうだったのだ。たった500部のこの歌集が、こんなにも多くの同時代の人の心を確かに打ったのは、まさにこの点にある。

命をかけた「言の葉」たち、全編を貫くものは、時代への激しい怒りとともに、人を想う心、人への限りない優しさであるように思う。そして、道浦さんの歌は、むしろ後者のものが僕は好きである。

ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく(同上)

君のこと想いて過ごし独房のひと日をわれの青春とする(同上)

ここには、先日の文学部新入生歓迎行事の講演で披露された高校2年の時の処女歌に相通ずるものがある。

何も言わず見つめるのみの我が愛を君知らずして今日も過ぎゆく

その後、「世界より私が大事簡潔にただ率直に本音を言えば」(「夕駅」)で過去と決別したように見えるが、実はそうではないだろう。
祝う会の席で、立松和平が小栗康平が、そして吉岡忍、福島泰樹があれが原点といったが、まさに、そうなのだ。原点はここなのだ。私たちの原点はあの時代をおいてはないのだ。

それにしても人の表現とはかくもすばらしいものであるのだ。
今、この人と共に仕事が出来ることを誇りに思うのだ。たぶん、この人は、あの頃詠んだ次の歌に今を託しているのかも知れない。

稚き手白き手選びてビラ渡すその手がつかむものを信じて(「無援の抒情」)

ところで、祝う会では、都はるみもよかったが、やはり圧巻は福島泰樹の短歌絶叫だった。岸上大作と道浦の歌を全身で詠みあげるその姿に感動した。彼のライブをまたいつか見たいと思った。