メモ

きのう/きょう/あした


2011/04/01(金)

未曾有の大災害。特に、原発は人類がかつて経験したことのない試練である。
こうした大変なときに、産経や読売、あるいは新潮や文春は相も変わらず菅批判。
自民党すら、それを自粛している中でである。
しかしながら、かつて福井県でもそうだったが、当時の市民団体の「反原発」の運動に対して、冷ややかに、あるいはそれがまるで「アカ」の運動であるかのように批判してきたのはまさにこうした陣営なのである。
1%でも危険がある以上、それをきっちりと説明すべきだし、その危険性が除かれるまでは「原発はノー」という極めて当たり前の主張を無視し、「国策」として原発行政をすすめてきたのはどこのどいつだったのだ。
そうした原子力施策のつけが今回ってきているのだ。
私に言わせれば、そうした原発を推進してきた輩は、誰よりも真っ先に、福島原発に入って水抜きをしたり、がれきの撤去をすべきなのだ。
3.31付けの「天声人語」では故高木仁三郎氏の言葉を引用しているが、まさにそれは正論である(「正論」大賞を受賞した桜井なんて、この状況をどう説明するのだろう。お前さんのこれまでの原発に対する姿勢はどうだったのだ)。
高木氏はこう述べている。

科学とは、市民の不安を共有し、その元を取り除き、人々の心に希望の火を灯すものであるべきだ。

科学者、特に原子力行政に関わってきた科学者はこの言葉をかみしめるべきである。