中国語の学び方

I. Oh my God!

実は私は一昨年の3月末から昨年の3月末までアメリカに居りました。東海岸のボストンの隣のケンブリッジという町にあるハーバード大学というところで1年間勉強していました。これまで中国には毎年何度か行っていましたが、中国圏以外はこれが初めてでした。アメリカ人の家庭に入って暮らした(つまりホームステイをした)わけですが、アメリカ人のものの考え方や生活習慣など多くの経験をさせてもらいました。特に私は言葉について研究をしていますので、日本語あるいは中国語との違いをいつも考えていました。

「Noと言えない日本人」という本が昔ありましたが、実際にこういう場面に出くわしたこともあります。

アメリカの図書館は日本や中国の図書館と比べたら実に開放的というか利用者のことをよく考えているわけですが、バックを持ったままで自由に書庫に入ることができます。自分で書庫に入って借りたい本を持ってくるわけです。もちろん冊数の制限なんてのはありません。ただ図書館を出るときに必ずバックの中身の検査を受けることになっています。その時に係りの人が「No library’s book?」とか聞くわけですが、こういう時にどうしても「はい」つまり「Yes」と答えてしまうのです。「図書館の本はありませんね?」に対して「はい」ですから日本語ではいいのですが、これが英語ではそうはならないのです。図書館の本を持ってない場合は「No」なんですね。いわゆる「否定疑問文の答え方」の問題ですが、理屈ではわかっていても、とっさの場合にはどうしても日本語の影響を受けてしまうのです。

こういうことは日本語と中国語の場合にも沢山あるのですが、それはまた後でお話しすることにしまして、もう一つアメリカで考えさせられたのが「発音」の問題です。皆さんもご存知のように、欧米人のよく使う言葉に「Oh my God!」があります。日本語なら「おお神よ!」、中国語ならば「老天_」「天_!」とかになるでしょうか。ただ、ここで問題にしたいのはその意味用法ではなくて、「God」の発音です。もちろん、これも英語をしっかり学んだことのある人には当たり前のことでしょうが、私みたいにいい加減な発音しか勉強してこなかった者にとっては、結構新しい発見でした。辞書を引けば、発音記号は[gOd]あるいは[gAd]となってます。従ってそういう発音になるのはわかるのですが、多くの日本人はこの「o」([O])に紛らわされるのです。缶コーヒ(これも実はアメリカではまず見かけない日本独特のものですが)に、「ガッティ」というのがありますね。この表記からこれが「Got it」だと直感できる日本人はどれくらいいるでしょうか?「Get」の過去形である「Got」ですね。これも「ゴット」ではなくて「ガット」に近いのです。ホームステイ先でいつもホストマザーとクイズ番組を見ていたのですが、そのバーバラさんというおばあちゃんは自分が解答できるといつも「I got」と言ってましたが、この「got」の発音が私には実に新鮮だったのです。アメリカの家ではたいがいペットを飼っています。バーバラさんの家にも猫が2匹と犬が1匹いましたが、さて犬は「dog」ですけど、これもほぼ「ダッグ」に近くなります。最近の日本の英語教育がどうなっているのか知らないのですが、私の高校三年になる息子の英語の発音なんかを聞いてますと、日本式の発音で、昔と余り変わってないという感じがしています。つまり、「発音」は入試とそれほど直結しないからどうしても疎かになるのでしょう。それと、日本の外国語教育はどうしても「文字」から入るという傾向にあります。でも、「文字」から「音」は出てこないのです。このことを先ず皆さんに考えてもらいたいと思うのです。話を中国語に移しましょう。

II. 発音よければ、半ばよし

これは私の友人の相原茂という人が「中国語の学び方」という本の中で述べている言葉です。確かにこれは当たっています。皆さんの中にもきっと発音のいい人が何人かいるはずです。その人はきっと中国語がよくできるはずです。どうですか?

また、「言葉は音」ということもよく言われることです。もちろん、文字も言葉の一つの要素ですが、言葉の重要な目的は他人とのコミュニケーションのためにあるわけですから、やはり「音」が大切になってくるわけです。

世界に存在する文字は大きく「表音文字」と「表意文字」の二つに分けられます。英語などは表音文字で、漢字は表意文字ですね。アルファベットはそのまま音を表すわけですから、それを見るとある程度「音」が浮かんでくるのですが、それでも先ほど述べたように「God」は「ガッド」というように実際の音との隔たりがあるわけです。漢字の場合はこれが音を表すわけではありませんから、一層「音は見えてこない」ということになります。日本人が中国語を学ぶ時の一番のネックはこの「漢字」にあるかも知れません。つまり、日本人は漢字を見て意味がわかってしまうということがありますから、これが実は日本人の中国語学習の妨げになることがあるのです。

たとえば、今から言う中国語の単語が皆さんわかりますか?「cha cidian」「beisong」「dahui」「langdu(langsong)」「huihua」「yanxiushi」「guoji jiaoliu」。これが全部分かった人はかなりのものです。でも、文字を書けばほとんどの人が意味をつかめるはずです。今回のこの研修に関係する言葉ですね。「gou」と言ったら「狗」という漢字を思い浮かべるのではなくて「犬」のイメージが出てこなければいけないのです。「音」を聞いてその文字を思い浮かべるのでなくて、そのイメージが出てこないといけないのです。漢字を消し去らないといけないのです。たぶん「Ni hao」とか「Zaijian」「Xiexie」とかだったらきっと問題はないはずですよね。こういう言葉を増やしていかないといけないわけです。でも、口で言うのは簡単ですが、これは結構大変なことなんですね。じゃあ、こうなるには一体どうするかということです。私にも本当のところはよくはわからないのですが、私自身の学習の経験や、いろんな研究者の研究をもとに話を進めていきましょう。

III. 人の脳と言語

何でも一つのことをものにするには近道なんて実はないのです。毎日毎日の努力の積み重ねしかないんですね。言葉の学習も同じです。「繰り返し聞いて、繰り返し発音する」、おそらくはこれしかないでしょう。ただ、この「聞いて、それをすぐ発音する」という方法は、最近の脳神経学でも認められていることなんです。

  浜松医科大の脳神経外科の先生で植村研一という人がおられまして、この人は英語、ドイツ語など10カ国語を話せるそうですが、外国語教育、学習について非常に興味深いことを述べておられます。

人間の脳(大脳、小脳、脳幹のうちの大脳ですが)は左と右に分かれています。左脳と右脳と言うわけですが、言語活動は右利きの人と左利きの人の大部分で左脳で行われると言われています。右脳は音楽、美術、絵画、方向感覚に関係しているそうです。左脳の中でも「ウェルニッケ」と呼ばれる部分が「聞いた言葉の意味を理解する」機能を受け持っているそうで、これは日本語、中国語、英語等々全て独立分離して形成されると言われています。また会話に必要なプログラムはブロッカ運動言語野という場所に記憶されるそうです。

外国語学習で最も重要なことは先ず第一にその言語のためのウェルニッケ感覚言語野を独立させることであり、これを形成するためにはヒアリングの特訓しかないということです。その次に、更に物まね、声帯模写の要領で日本語の運動性言語野とは別の独立したその言語の言語野を形成させるというのが植村先生の意見です。外国語を日本語で理解したり、カタカナでその発音を区別したりしていてはそういう場所はいつまでたっても作られないということになります。つまりは、学ぼうとする外国語のテープを何百回も聴いて、ひたすらそれをオウム返しで繰り返し発音していくという方法が腦の中にその言語を扱う場所を作っていくわけです。植村先生の話では、この二つの過程は三ヶ月もあれば十分ということです。一度、だまされたと思ってやってみたらどうでしょうか。まあ言うだけでは何ですから、ここで、少し実験をしてみることにしましょう。

ところでまた腦の話に戻りますが、これまでの話は「左脳」を使った学習ですが、これだけではまだ不十分なようです。「記憶」も脳によって行われるのですが、人の記憶には「即時記憶」「中間記憶」「長期記憶」の3つがあるそうです。「即時記憶」とは7秒しか持続しない記憶、中間記憶とは2年以内に消失するもの、2年以上の記憶が「長期記憶」というものです。人から聞いたり、読んだりした記憶は左脳にしか入らず、すぐに忘れてしまうそうです。長期記憶は右脳によって行われ、感情とか直感、創造力と関係するそうです。つまり美しい風景は右脳に入りいつまでも忘れないというのがそれなのです。映画で感動した場面はそのせりふもなかなか忘れないというのもそれなのです。ということは、外国語の学習でも同じことがいえるわけです。映画を見て、その情景とともに台詞を練習し覚えていくのです。感情を込めた会話練習をするわけです。当然、音読するだけでも、左右の脳を活性化することで有效なようです。さて、じゃあ、これもまた実験してみましょう。

脳細胞は生まれてから増えることはなく、消えていくだけだそうです。人は生まれた時には140億の脳細胞をもっているが、20歳以後は一日10万個ずつ無くなっていき、50歳以降は一日20万個ずつ消失し、100歳では4分の1の脳細胞が失われ、383歳で0個になるそうです。ただし、使えば使うほど神經回路網(脳細胞をつないでいる部分で、シナプスとかいうそうですが、それは使えば使うほど丈夫になり、長期記憶はそこに保存されるそうです。)は新生されるそうで、特に運動、声を出す、創作活動を行うのがいいそうですから、外国語の学習はまさに脳を活性化するのに最適なわけです。20歳前の皆さんはまだ沢山の脳細胞が残されているのです。若さの特権とはまさにこれなんですね。

IV. 夢の中で中国語で会話する

皆さんの中に夢の中で中国語を話しているという経験をした人はいませんか?もしおられたら、あなたの中国語はもう本物です。脳の中にある言語のウェルニッケが作られたかどうかを判断するのは、この夢の中でその言語が出てくるかどうからしいのです。私はよく中国人と夢の中で話していることがあります。でも、こういう経験をするようになったのは中国語を勉強してから隨分たってからのことでした。大学の4年の時に初めてその経験をしたようです。丁度、宮田先生という私の恩師の授業で、毎回北京放送のヒアリングをやっている頃でした。授業でどうしても聞き取れない単語がありまして、それが夢に出てきたのです。「サイゴン」という単語だったのですが、夢みたいな話ですが、これは本当のことなんです。皆さんにも、そういう日が来ることを願っています。

これまで述べていたことをもう一度おさらいしておきますと、先ずとにかく中国人の発音するテープ(CD、MDなんでもいいのです)を繰り返し聞いて、それをそのまま発音する。それをある程度続けた後は、映画とか学習ビデオを使って映像と共に覚えていく。この2つをやったらもうほぼ完成かも知れません。是非、試してみて下さい。

V. 中級・上級への道

 ただ、もちろん本を読むことも大切です。それによって語彙を増やせるし、また文法もしっかり把握できるようになります。本を読む場合にも「速読」と「精読」の2つがありますが、初めはやはり「精読」をお薦めします。丹念に辞書を引きながら読んでいくわけです。さらに、余裕ができたら、「表現」の違いにも注意して下さい。最初に述べたような、中国語と日本語あるいは英語との「表現」の違いです。文法的には合っていても、実際には「そうは言わない」ということもよくあることです。

  たとえば、次の日本語に対応する中国語は何でしょう?

  「郵便局は何時まであいていますか?」「昨日は何時まで起きていましたか?」

  「この本はありませんか?」「「何か質問はありませんか?」

  「疲れましたか?」の答えは?決して「疲れた」にはならない。

  「お腹空かない?」の答えは?これも同じで「空いてません」になる。

  「ただいま」「お帰り」

Do you have a pen ?の答えは? Yes, I have.ではないのです。Sure,here you are.

  つまり、言葉は単に語彙や文法だけでは片づけられない面、難しい言葉で言えば、異文化理解ということが求められて
くるのですが、それはまた学習が進んでからのことになります。

  最後に、外国語学習でよく言われる言葉を紹介して私の話を終えたいと思います。

学外_,要胆子大、_皮厚,不怕人家笑_,笑一次就改一次。

不怕慢,只怕站。