薮の中

きのう/きょう/あした


2004/01/31(土)

 むかしむかし、何度かの戦を経て、ようやく天下も平安になったかと思われる頃です。ある国に、その国の中では最も人々の暮らし向きも良く、我が世の春を決め込んだような村がありました。その村には、立派な門構えの大邸宅が沢山建ち並んでいます。昔はその辺りは一面、薮だらけの荒れ野でしたが、隣の村から移り住んできた人々がそこを開墾し、今ではこの国一番の裕福な村になったわけです。ただ、元々の生まれ育ちは芳しくなく、代々、腕っ節が強く、喧嘩の強い人がその村の主になってきました。村には、金藏や武器庫も沢山あります。この国の人々は、この村を「藪の国」と呼んでいました。その主も「薮将軍」と呼ばれています。
 この国には、他にも「龍の国」(水の神である「龍」を守り神としているところから、そのように呼ばれています)とか「熊の国」(この村は「白熊」を守り神としています)あるいは「仏の国」とかいった古くから栄えた、歴史のある村もあります。ただ、今では「薮の国」には到底かないませんまた、また、これも由緒ある村ですが、一昔前から落ちぶれ果てた「霧の国」という村もあります。しかしながら、これらの村人たちは、プライドだけは保持しているようです。
 「龍の国」の隣には、「火の国」という小さな村もあります。小さくても、村人達は実に賢く、働き者です。でも、その村は以前は「龍の国」とか、周りの村へしばしば押し入ったりしてちょっかいを出し、多くの人々からひんしゅくを買っており、結局は「薮の国」の怒りに触れて、武器も全て取り上げられてしまいました。だから、今は「藪の国」の属国のような身分で、藪将軍の命令には逆らえません。
 この国には、ならず者の寄せ場みたいな村もあります。そこの首領は、あごひげをたくわえて、見るからに厳めしい顔つきをしています。人々はその村を「鬼が村」と呼んでいました。そして、ことあるごとに、「薮の国」に逆らってきました。藪將軍はいつかこの「鬼が村」の「赤鬼」を懲らしめてやろうと思っていましたが、いい口実が見つかりませんでした。
 ところが、或る時、「霧の国」などの密偵から耳寄りの情報を聞きつけました。「あの村には鉄砲や槍など沢山の武器が隠されていて、今に薮の国を襲ってくる」と。そこで、藪將軍は、他の村人を集めて言いました。「あの村の武器庫には沢山の武器がある。このままにしておいたら、お前の村も、私の村も、皆やられてしまう。今のうちに皆で赤鬼を退治しておこう」と。でも、「龍の国」や「熊の国」「仏の国」の主達は、半信半疑でした。あの村にそんな武器をそろえるだけのお金はないはずだと。仕方なく、「薮将軍」は、「霧の国」の兵士と自分の国の兵士を引き連れて、鬼退治に出かけました。
 顔つきはいかめしく、強そうに思われていた「赤鬼」でしたが、実は全くの「見かけ倒し」。あっという間に、赤鬼は捕まえられてしまいました。隠してあったはずの武器も見つかりませんでした。そもそも、そんなものはなかったのだろうというのが、多くの人々の見方です。
 実のところ、この村には金の鉱脈があったのです。薮将軍の狙いはここにありました。その村を平定し、自分の村にしようとたくらんでいたのでした。でも、そこに住んでいる村人達は、赤鬼が居なくなってからも、竹槍で薮将軍の兵士たちに抵抗しています。武器を取り上げられて、他の村へも争いごとのためには行くことも禁じられていた「火の国」も、薮将軍の命令とあっては致し方ありません。身近にあった「はさみ」や「ナイフ」を持って、「鬼が村」に出かけなくてはならなくなっています。
 ところで、密偵の報告にあった「鬼が村」の隠し武器はどうなったでしょうか。今ではよくわかりませんが、真実は「薮の中」とはまさにこういうところから出た言葉なのでしょう。そして、いつになっても「戦」のやむことのない国は、これからどうなるのでしょうか。これも答えは「薮の中」なのです。