実名ルポ
2009/10/07(水)
光母子事件の加害者の実名を挙げたルポが出版、発売された。 内容はどうあれ、何故、そこに「実名」が必要なのか。
著者の意図は一体どこにあるのか。
記者会見でその著者の顔を拝見したが、その彼女の姿からは、ジャーナリストの匂いをかぐことなどは全く出来なかった。ましてや、権力への批判精神など何をか況んやである。 それどころか、名誉欲、売名、金儲け・・・、そんな匂いがプンプンしている。
光事件に関しては、橋下もそうだったが、こいつも同じようなものである。
それにしても、この国の昨今の「被害者の人権」を守れは異常である。
この夏、府下の幾つかの市町村の教職員組合から依頼された講演で僕は次のようなことを述べたことがある。
「あれか、これか」については、昨今、やたら強調される「被害者の人権」も同様に感じています。
裁判員制度も底辺にあるものは同じようなもののように思われます。
被害者の人権を大きく取り上げることは間違っては居ませんが、かといって、加害者の人権もこれまで通りに守られるべきだと私は考えています。それが、近代社会の裁判制度の根本のはずなのです。
「疑わしきは、被告の利益」はやはり守られるべきなのです。それが、一人の免田さんや、菅家さんを出さないことにつながっていくのです。
それを橋下知事などは、「懲戒請求」などしているわけで、弁護士としての根本原理を自ら捨て去っています。彼は弁護士としても失格だと思います。
被害者の人権をそこまで主張するなら、全てにおいてそうあるべきです。
でも、この国では、ひとたび、戦争責任となると、それは無視するのです。
無視するばかりか、加害者の論理で、「自虐的」とさえ言い張るわけです。
彼らは、南京や朝鮮人の強制連行に関しては、被害者の人権など口に、したこともないわけです。
ご都合主義の典型と言っていいでしょう。
この考えは今も変わらない。